ミリタリーウォッチの歴史

男性用腕時計のルーツはミリタリーウォッチたった

腕時計自体が初めて開発されたのに19世紀末のこと。懐中時計を進化させて女性用のアクセサリーとして使えるようにしたことがルーツだと言われている。ただし、これがそのまますぐに男性用として受け入れられたかというと、そう単純ではなかった。当時は腕時計=女性用のイメージが強く、依然として男性は懐中時計を持つのが一般的だった。 では初めて歴史的に男性用腕時計が認められたのはいつなのか。じつを言うとこれについては諸説あって明確になっていない。有力なのは1880年にジラールペルゴが腕時計をドイツ帝国海軍に納入したという説。その他にも日清戦争の時に日本兵が着けていたという話や第二次ボーア戦争の頃にイギリス軍兵士が懐中時計を腕に着けて使ったなどの説があるが、いずれにしても1800年代末の戦場で負担なく時間を確認するための工夫として生まれたことだけは間違いない。男性用腕時計のルーツはやはりミリタリーウォッチにあったのだ。ちなみに1900年代初頭のオメガの広告には、すでにボーア戦争で使われた腕時計についての記載があるという。メーカー側も軍用に使われたことを盛んにアピールし、腕時計=女性用というイメージをなんとか崩そうと考えていたことが伺えるエピソードだ。第一次世界大戦(1914年?1918年)が始まり、戦闘に多くの飛行機が参加するようになると戦地ての箪用時針の必喫性はさらに高まっていった。現在でも高い人気を跨るハミルトンの代表的なミリクリーウォッチ、力‐キが初めでアメリカ軍に納人されたのもちょうとこの頃の話。作戦自体か高度になったため、戦闘機を実際に操縦するパイロットだけでなく地上で戟う兵士にとっても腕時計はなくてばならない装備品となっていたのた。前出のハミルトンの他、オメカ、エルジンなとのメーカーかすでに第一次世界大戦の頃から軍の要請を受けて腕時計を供給していたといわれている。この第一次世界大戦を経て、ようやく男性達に腕時計を着けるライフスタイルが浸透。戦地での装備としての腕時計から次第にステイタスシンボルヘと変化を遂げていった。

米国のミルスペックが軍用時計のあり方を変えた

1930年代に入ると第一次世界大戦直後からくすぶっていた火種が再燃。時代は再び世界大戦へと向かっていく。この頃、イギリスに代わって工業大国になっていたアメリカはすでに世界一の経滴力を誇る存在であった。豊富な資金力を背景に箪備の充実にも余念がなかったアメリカは、軍に納入するものをリスト化して管理するシステムを導入していた。これが いわゆるミルスベックと呼ぱれろもので、銃器や弾薬はもちろんのこと装飾品に至るまで細かく基準を設けてクオリティを均一化させていた。このミルスペックに準拠するかたちで登場してきた腕時計が、ミリクリーウォッチの歴史を語る上で外すことかてきない名作、タイプA‐11である。この時計は白い3針と黒い文字盤、アラビックのインデックスに加えタイヤル外周には60秒の目盛りを備えていた。視認性の高さを追求したデザインで現在のミリクリーウォッチにも通しる完成されたルックスを持っていたのた 機械的な部分で興味深いのは、秒針を止めて時間調整を行えるハック機能を備えていたこと。この機能が搭載されていたおかげて、隊艮同士が秒単位まで時間を揃えることができ、作戦決行時に非常に有利に働いた。A‐11の他、A‐17、A‐7などのバリエーションがあるが、これらは総称してタイプこれらは総称してタイプAと呼ばれている。製作に当たったアメリカで生産されて いたウォルサムやエルジン、ブローバなどのブランド。ミルスベノクヘの準拠が必要条件となっていたため、ブランドが違っていてもほほ同しテサインを採用していた。中には.ダイヤルにブランド名すら無いモデルもあり、国からの申請に対し、各メーカーとも真摯に向き合っていた様子が伺える。同盟国イギリスも第二次世界大戦では数多くの軍用腕時計を採用した。ただし当時、自国で創業した時計製込会社かことごとく海外に移転してしまっていた英国は腕時計の供給も輸入に頼る他なかった。供給元となったのは、ロレックス、ジャガー・ルクルト、IWC、オメガなど現在でも高い人気を誇る一流ブランド。当然ながら採用にあたってはミルスペックと同じく厳しい基準が設けられ、採用された腕時計には管理番号と合わせ英国軍が採用した証であるブロードアロー(矢印)が刻まれた。この時期の英軍採用時計によく見られるのが6時位置にスモールセコンドを備えたモデル。有名なところではIWCやジャガー・ルクルト、オメガなどが同様のデザインで製作を行っていて、アメリカ同様に軍の規定に準拠したルックスに揃えられていたようだ。技術的な面に目を向けると、早くもねじ込み式の裏蓋を用いられヽ防水性の高さに注力して作られていることに気がつく。防水性が確保された時計の裏蓋にはWWW(ウォータープルーフリストウォッチ)の刻印がしっかりと入れられた。 現在ではこれもまたミリタリーウォッチ好きの心を捉えるディテールのひとつとなっている。敗戦国となったドイツにも当然な がら制式採用時計は存在する。自国にも腕時計産業があり、さらにスイスとも隣接しているドイツだけにそのバリエーションは多く、一説によれば英国軍のものよりもさらに厳しい基準によって管理され、スペックや作り込みの美しさも上だと言われている。採用された腕時計の裏蓋にはDHと刻印されているのが特徴。A・ラング&ソーネなどを筆頭に有名ブランドの多くが供給元となった。ただしこの時期のドイツ腕時計はアメリカやイギリスのものに比べると極端に現存数が少ない。これは戦後ヨーロッパでナチスに関するものを全面的に廃棄する動きが起こったためだ。どことなく敗戦国の悲しさが感じられる話である。

「最新兵器の実験場」で生まれた新しい軍用時計

第二次世界大戦が終結し世界が復興へと向かい始めると戦勝国のアメリカは未曾有の好景気を向かえることとなる。工業生産力の発展を背景に経済的にも豊かになったアメリカは世界一の大国としての地位を確固たるものにしていく。そんなアメリカが持てる国力を注ぎ込んだのがベトナム戦争だ。この戦争がこれまでと違ったのは兵器や物資の投下量がこれまでとは比較にならないほど多くなったことだ。新兵器の他、装備品や軍人が生活する上での携行品、あるいは上層部が軍隊を統率するシステム自体にも新しい考えた方が用いられたとされている。腕時計に関しても例外ではなかった。ベトナム戦争ではこれまで貴重品として扱われてきた軍用時計に関する考え方を一新。ディスポーザブルウォッチという使い捨ての腕時計を採用した。これはコスト削減に向けた取り組みで、壊れた腕時計を回収して修理するよりも、使うだけ使って、壊れたら捨てるほうが効率が良いという計算に基づいたものだった。腕時計自体もこれまでのものに比べると簡素で、ケースには素地のステンレススチール、あるいは強化プラスチックが用いられ、風防もガラスではなくプラスチックのものが多かった。支給方法も独特でレーション(携行食)などとともに、簡単な紙製の箱に入れて支給されていたという。このディスポーザブルウォッチをアメリカ軍に供給していたの はヽスイスのベンラスや米国のハミルトン、ウエストクロックス社で、やはりミルスペックに準拠した統一の規格に沿って製造されていた。大量に物資を投入し、コストパフォーマンスを計算しながら戦う、歴史上初めて行われた近代戦争、ベトナム戦争で実験的な試みとして誕生したミリタリーウォッチがこのディスポーサプルウォッチだったのだ。

ミリタリーウォッチの大発明 トリチウムカプセル

ミリタリーウォッチの進化を外観から知るのは案外難しい。それというのもルックスだけに限った話をすれば、現在使われている制式採用モデルもヽ第二次世界大戦時に使われていたタイプAもそれほど大きな違いがないためだ。これは逆説的に40年代のミリタリーウォッチの完成度が非常に高かったことを証明するファクターとなっている。だからと言って、ミリタリーウォッチ自体が進化を止めてしまったわけではない。ベトナム戦争以降、何よりも進化が著しかったのは暗所での視認性だ。暗いジャングルで戦っていたベトナム戦争では暗所での時間の確認が作戦遂行上の重要なポイントとなっていたし、それに続く近代戦争では夜間作戦がこれまで以上により重要になってきたためだ。ベトナム戦争の頃に、インデックスに使われていたのはトリチウムという放射性物。自己発光するため視認性は高いが放射線による発ガンの危険があり、環境汚染も危惧されていた。このため89年のミルスペックでは、トリチウムをダイヤルに直接塗装すること自体が禁止されてしまう。トリチウムに変わる自己発光素材 として80年代に登場したのがスイスのMBマイクロテック社が開発したマイクロガスライトだった。これは小さなガラスのチューブにトリチウムを充填したもので、10年以上にもわたって発光し続ける優れもの。放射線物質の影響も最小限に抑え、さ らに着色まで可能にした画期的なものだった。このマイクロガスライトをダイヤルや針に埋め込むことで、安全性と視認性を大幅に進化させることに成功したのだ。このマイクロガスライト(メーカーによって様々な呼称がある)は現在でもルミノッ クスやトレーサーなどの多くのアメリカ軍の制式採用時計に用いられている。

多機能デジタル全盛制式時計も進化した

1990年代に入ると、中東情勢が悪化。アメリカはイラクに侵攻し第一次湾岸戦争が勃発する。この頃になると腕時計は成熟期を通りすぎ、既に多様化の時代を迎えていた。一般の市場には時間を正確に知るだけではなく、ストップウォッチやカレンダー機能、各種アラームなどまで付いた高性能デジタル時計が溢れ、昔ほど時計自体の性能を心配する必要がなくなっていた。もちろん湾岸戦争当時もアメリカにはミルスベックが存在していたし、制式採用されている腕時計もあった。ただし絶対に制式採用されている腕時計を使わなくてはいけないわけではなく、どの時計を使うかはある程度兵士たちの裁量に任されていた。砂漠で過酷な任務に当たる兵士たちが使用している腕時計として、一躍有名になっだのがカシオのGショックだ、なにしろタフで正確、それでいて価格も安価たったため多くの兵士たちがGショックを愛用。それを日本のメディアが採り上げたことで、大きなブームとなった。最近、中東から届くアメリカ軍兵士の写真を見ているとスントのヴェクターを着けている兵士を見かけるが、これ も厳密には制式採用時計ではないようだ。もっとも戦場という緊迫した状況の中で、正確な判断を下すためには、急に支給された制式時計を使うよりも、普段使いなれた腕時計のほうが良いことは間違いないだろう。一般的な時計の進化と歩調を合わせ、最近では制式時計にも様々な機能がプラスされるようになってきた。一例として挙げたいのがMTMだ。このMTMの最大の特徴は、ダイヤルにLEDライトを埋め込むことにより、強力な光源として利用できるようになっていること。暗闇では足 元を照らすライトとして使えるし、緊急時にはモールス信号として使うこともできるという。もちろん暗所での視認性もこれまでの腕時計とは比較にならないほど高い。誕生から100年を経て、なお男たちを魅力し続けるミリタリーウォッチがはたして今後どのような発展を遂げるのか、それもまた非常に楽しみである。

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